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水たまりの中の青空

#1 旅のプレゼント

 「兄貴、もう準備できた?」
妹の環が雑誌を見ながら、少し開いた幸介の部屋の入口に寄りかかっている。
「まあ大体な。でも旅行に招待なんて、どういう風の吹き回しだろうな」
 慌しく衣類をまとめながら、幸介が弾むような声で答えた。
「さぁ、雑誌の懸賞にでも当たったんじゃない?」
 相変わらず雑誌に目を向けたままの素っ気無い環だが、顔がほころぶのを必死で堪えている。

 もともと両親からのプレゼントだと言って、この旅行を用意したのは環だった。
東京に出てくることを家族に説得し、役場まで辞め一緒に上京してくれた兄だった。
そのため三十過ぎまで独身で、今は郵便局の配達員をしている。
そんな兄に、妹からのとっておきのプレゼントだった。

 環は幸介と目が合うと、「がんばってね」 と含み笑いをし、軽く手を振り部屋を出た。


 出発の朝、幸介は緊張と興奮から、予定より2時間以上も早く起きた。 

 「兄貴、Fitsって会社のツアーだから、間違えないでね」
「分かってるって。それとチケットの封は開けない。もう何度も聞いたよ」
幸介は苦笑いしながら、いつもの履き古したスニーカーを履いて振り返った。
「じゃあな。戸締りには気をつけるんだぞ」
「うん。兄貴もしっかりね」
「ん? ああ、しっかり観光してくるよ。でも三泊四日なんて贅沢だよな。ほんと感謝感謝」
「そんな、いいって」
「お前が照れるなよ、図々しいな」
幸介が笑うと、環は不機嫌そうに小さな袋を突き出した。
「じゃあね、いってらっしゃい」
そう言って環は自分の部屋へ入った。

 残された幸介は唖然としながら、袋に目線を落とした。そこには朱色で書かれた神社の文字。そして中からは小さなお守りが出てきた。
「いいとこあるな、あいつ。……でも縁結びかよ」
幸介は微笑ましく思いながら、家を後にした。

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