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水たまりの中の青空

#2 謎の女性

 集合場所になっているビルは、幸介のよく知っている場所だった。
なぜなら、ここは幸介の勤務する郵便局の配達区分だったからだ。なので気持ちにも余裕を持つことができた。

 予定通り30分前に最寄の駅に到着すると、迷わず改札口近くのコンビニでポップコーンを買った。
 そしてワンブロック先にある公園へ一目散に向かうと、思わず顔がほころんだ。
 「お〜、居た居た」
 鳩に餌をやることが、密かな憧れだったのだ。

 彼らが群がる大きな木の下へと近づくと、すでに封を開けていた袋に手を突っ込んだ。
 とそのとき、木の反対側から女性の話し声が聞こえてきた。どうやら電話中らしい。

 「私を試すつもり? どうしてなの?」
なにやら深刻な雰囲気に、幸介は忍び足でその場を離れようとした。だがすでに匂いをかぎつけた鳩たちが待機しており、ぴったり後について来た。
 (目立つなこりゃ)
 幸介は慌てて木の影へ戻ると、仕方なくその場で息を潜めた。

 「分かった。だったら私は私のやり方でやるわ。あなたにも文句は言わせない」
 激しい口調だったので、幸介は緊張した。
 一瞬の静寂の後、今度は女性のすすり泣く声が聞こえてきた。
(……)
 どうやら電話は切ったらしい。
(まずい、来る)

 鳩に囲まれ、女性と顔を合わさないようにそそくさと餌をやる幸介だったが、通り過ぎる彼女の微かな石鹸の香りに誘われ、思わず視線を上げた。
 きれいな女性だった。そしてその女性を泣かせる男は許せないと、力んだ手がポップコーンを握りつぶした。

 彼女はそのまま思いつめたような表情で通り過ぎたが、突然振り返り声をかけた。
 「鳩の糞には気をつけて」
拍子抜けした幸介の手から、粉々のポップコーンがこぼれ落ちた。


 結局、群がる鳩を見ているうちに、着いたのは五分前になってしまった。

 ビルの前には30代を中心とした男女がネームバッジを手渡され、リムジンバスに乗り込む姿があった。
 そしてガイドらしき若い女が手渡しているチラシの文字に、幸介は硬直した。
「嘘だろ……」
 思いもよらない衝撃だった。
 (お見合いなんて、誰が頼んだんだよッ)
 幸介はお守りを取り出すと、その手を振り上げた。が、静かにその手を下ろすと、くるりと踵を返した。
 「あっ、すみません!」
 幸介と後ろにいた女性がぶつかりそうになり、双方声をあげた。
「あっ……」
 幸介は一瞬心臓が止まるかと思った。その女性が、さっき公園で会った女性だったからだ。

「ごめんなさい、私がボっとしていたから」
「いいえ、僕が悪いんです、すみません……」
 彼女は幸介のことに気づいていなかった。それが幸介にはショックだったが、それ以上に、堅い表情でバスへ乗り込む彼女が気がかりだった。
(まさか彼女が? 傷心旅行だろうか……そ、それとも?!)

 あたふたし始めた幸介の腕を、誰かが捕まえるように掴んだ。
「もう出発ですよ。あなた、田中幸介さんですね?」
 ガイドの女性だった。名簿に印をつけ、今度は幸介の持っていた封筒を奪い取ると、「時間にルーズな人は嫌われますよ」 と半ば強引にバスへと連れ込んだ。
 その間、幸介は何も抵抗できなかった。

(環、とんでもない贈り物になりそうだよ)

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