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水たまりの中の青空

#7 旅の終わり

 翌朝の無人島は、青い海がよく似合う晴天だった。

 昨夜、幸介は家を出たときからの記憶に取りつかれ、結局眠りについたのは日が昇る頃だった。

 「幸介さん、起きれる?」
幸介は意識が朦朧とする中、寝ぼけ眼で声の方を見た。
「いいお天気よ、一緒に泳がない?」
「ん?」
目の前に笑顔の奈津が立っている。
リアルな夢だな――と幸介は思った。夢ならこのまま見ていたい。幸介は目覚めるのを惜しむように、夢の続きを演じた。
「いいよ、地球の果てまで一緒に泳ごう」
 フフ……と彼女が笑った。
「寝ぼけてるの? 早くしないと一人で行っちゃうわよ」
幸介は焦って目を見開いた。
「ダメ! ―――え? (これは夢じゃないのか……)」
 奈津はキョトンとしている幸介を見て、笑いを噛み締めた。
 幸介は一気に顔を赤らめ、照れ隠しに砂浜へと飛び出した。
「ずるい、待って!」
 その後を奈津が追った。

 幸介は彼女をチラチラ振りかえりながら、海へと走り続けた。が、突然足を止め、足元を振り返った。
「なに?」
 追いついた奈津が不思議そうに見ると、そこには真っ青な空と白い雲を映し出した水たまりがあった。
「綺麗ねぇ」
 その言葉に、幸介は嬉しそうに頷いた。
同じものを見て感動している。些細なことだったが、幸せな気分に満ち溢れた。

 そして二人は、昨夜の出来事をすべて雨に洗い流したかのように、穏やかな表情で向き合った。

 「奈津さん、やっぱり戻りましょうか。みんな心配していると思いますし、濡れて帰ったら誤解されますから」
「そうね、ちゃんと雨宿りしたって伝えないとね」
「たぶん、この先に戻れる道があると思うんです。そこまで、一緒に海を散歩してもらえますか?」
「もちろん。まるでデートみたいね」
 奈津の軽い一言だったが、幸介は少し動揺した。でも今の雰囲気を壊さないよう、平常心を装った。


 海水は少し冷たかった。だが心地よく、他愛無い会話とともに二人は波打ち際を歩いた。

 「奈津さん、一つ聞いてもいいですか?」
 「何?」
奈津は波を蹴りながら幸介を見た。
「その香水、沖縄で買ったモノですか?」
「香水? そうよ、よく分かったわね」
「東京でつけてた香りと違うから」
(そんなところまで見てたんだ……)
 奈津は少し驚いた。
「この前、プールサイドで座ったとき、甘くて優しい香りだなって。奈津さんと同じモノなら、きっと妹も喜ぶと思うんです」
「妹さんへのお土産? だったらホテルへ戻ったら一緒に買いに行きましょ。すぐ近くのショップなの。オリジナル品みたいだから、気に入ってもらえるといいわね」
「はい」


 ツアーの団体は片付けの準備の前に、早起きして朝食を食べていた。
 昨日食べるはずだった魚の串焼きや、スイカ割のためのスイカ、非常食のスープなどが並べられた。昨夜はおにぎり一個だけだったので、とにかくみんな喜んで食べた。

 そこへ幸介と奈津が戻ってきた。

 「おお、二人が戻ってきたぞ」
 誰かが声をあげた。
「いやぁ、お帰りなさい。その様子じゃ、無事非難できたようですね」
林田が立ちあがって声をかけた。
「はい。皆さんには大変ご心配をおかけ致しました」
幸介が頭を下げると、奈津も後ろで頭を下げた。
するとみんなから拍手が起こり、それぞれ席に移された。

 幸介はふと奈津のほうに目をやると、彼女は梶を見て固まっているようだった。そして、梶のほうも奈津に怯えているように見えた。
(何だろう……?)

 「これで全員揃いましたね。みなさん、今夜はいよいよ最後の告白パーティーです。それまで自由時間ですから、しっかり生気を養ってくださいね」
 泉の言葉に場が和んだ。

 そこへ赤堀が船に運ぶ荷物を取りに戻ってきた。幸介は慌てて駆け寄り声をかけた。

 「編集長さん、昨日は戻れずにすみませんでした。でも、無事奈津さんを保護しましたので」
「奈津さん? へーえ、よかったね。君にも何も無くて安心したよ」
 幸介はその言葉に隠された意味に気づかず、頷いた。
奈津は慌てて二人の間に割り込み、幸介を赤堀から遠ざけた。
「早く食べましょ」

 その様子を、林田が訝しげに眺めていた。


 無人島のサプライズ企画も予期せぬ雷雨に見舞われ散々な結果に終わったが、その晩のパーティーは一気に盛り上がり、ツアーに華を添えた。

 林田はバツイチという女性とカップルになり、桃子も色白のか弱そうな男性を口説き落とした。

 一方幸介は、まだ結婚など考えられず、あえて一番人気の女性に告白して断られた。奈津にアタックしなかったのは、彼女を困らせたく無かったからだ。

(環……最高の旅行だったよ。ありがとう――)

 幸介は高所恐怖症など気にせず、機上から沖縄の海を懐かしそうに眺めていた。

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