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水たまりの中の青空

#9 崩れた思い出

 「林田助教授、確か助教授が以前行かれたというのは、このツアーではありませんか?」
 助手の男が、開いた雑誌を片手に林田のデスクに歩み寄った。林田はその用意されたページに目を通すと、感動したように頷いた。
「よく分かりましたね。ここに写っているのがガイドを務めてくれた泉さんです。彼女がこの記事を書いたんですね」
「よろしかったらどうぞ。僕は急ぎませんから」
 助手の男が雑誌を差し出すると、林田は 「悪いね」 と言って受け取った。

 林田は懐かしそうにツアーの記事を読んでいたが、突然怪訝そうな表情に変わった。そして思い立ったように携帯を取り出すと、交際中の女性に連絡を取った。

「あ、林田ですが、突然申し訳ありません。実はお見合いツアーの件で、少しお聞きしたいことがあるのですが……」


 暑い日差しを浴びながら、幸介は郵便のバイクを走らせていた。行く先は雑誌社Fitsである。
 途中、奈津と知り合った鳩の公園を通り過ぎると、幸介は自然とテンションが上がった。

 「こんにちは、書留でーす」
幸介はFitsに到着し、入口にあるカウンターから呼びかけた。
 しばらくして現れたのは、見覚えのある女性だった。赤いスーツと濃い化粧で一瞬見違えたが、それはガイドの泉だった。

 「こんにちは!」
 幸介は郵便物を手渡しながら頭を下げた。
「あなた、お見合いツアーの……!」
「はい、こちらには時々配達に伺ってるんです」
「そう……」
 泉はバツが悪そうな顔で受け留め印を押した。
「どうも、ありがとうございました」
 幸介が会釈して帰ろうとすると、泉が呼びとめた。
「会わなくていいの?」
「え?」
 幸介が疑問げに振り返った。
「呼んであげましょうか」
「……あの、何のことですか?」
 泉はとぼけないで、と言い返そうとして言葉を飲み込んだ。

(ひょっとして、奈津は本当のことを話してないの……?)
「――どうかしましたか?」
「いいえ、ごめんなさい。ご苦労様でした。そういえば今日、沖縄特集の雑誌が発売になったの、いちを知らせとくわね」
「そうですか! じゃあ」
 幸介はヘルメットに手を当て、嬉しそうにFitsを後にした。


 夕暮れ――鳩の公園。

 幸介は仕事を終え、早速買った雑誌を片手にやって来た。もちろん、ポップコーンもある。

 「奈津さん、もう読んだかなあ? 発売のこと知ってるといいけど」

 幸介は目次で沖縄特集を探すと、早速そのページを開いた。
「わあ、無人島の写真だ。懐かしいなあ」
 記事の内容は無人島などの観光スポットのほかに、お見合いツアーの記事も大きく扱われていた。
 だが、そのお見合いツアーの人物にスポットを当てたコナーに、奈津しか知り得ない幸介のことが細かに書かれていた。
 妹のこと、プールに落とされたこと、そして無人島――
 幸介は記事の途中で、ピシャッと本を閉じた。

 「まさか、どうしてこんなこと――!?」

 幸介は奈津の軽率な行動に、信じられない思いだった。
彼女との思い出は、ゴシップネタとして面白おかしく読者の目にさらされた。

 (奈津さん、どうして喋ったんですか……?)

 幸介は悲しみと脱力感で、その場から動けなかった。

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