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水たまりの中の青空

#12 突然の再会

 「ねえねえ兄貴、どうしたのよ急に髪なんか染めて」
今日は夜も喫茶店のバイトだった環は、戻った足ですぐに幸介の部屋へ駆け込んだ。

 「やっぱり変かなあ?」
パソコンのメールを一時中断し、幸介はベッドに腰掛けた環を振り返りながら茶髪の頭を撫でた。
「まあ、ちょっと違和感あるけど、いいんじゃない」
 枕をいじりながら環が言った。
 そして幸介がホッとしたようにパソコンへ向かうと、ちょっと複雑そうな淋しげな表情を浮かべた。

「明日パーティーだって言ってたけど、ひょっとしてデート?」
「ばーか、そんなんじゃないよ」
「でも最近、変だし」
「まあ、いろいろあったからな。でも明日、相手の気持ちを確かめたら決着をつけるよ」
「やっぱり好きな人がいるんだ」
「違うよ、相手は男だ」
「男!?」


 幸介は仕事の都合で、夜7時からのパーティーに30分遅れで到着した。
 そして受付で泉近子を呼び出してもらうと、二人で人目の無い場所へと移動した。

「ちゃんとスーツ着てきたわね。タキシードって言うからビックリしたわよ」
「全然様子がつかめなくて。ところで、奈津さんたちは?」
「赤堀は接待中。奈津はまだ事務所よ」
「事務所って、こんな時に仕事ですか?」
「今度の赤堀のサクセス本に、仕事の充実こそが人生の充実だって言葉があるの。つまり、何より仕事が優先されるってわけ」
 そう言うと、近子は壁に寄りかかり腕を組んだ。
「だったら、今が赤堀さんに接近するチャンスじゃ――」
 幸介が迫ると、彼女は鼻で笑った。
「赤堀はプライドの高い男よ。まず、あなたが奈津に全く興味が無いってところを見せつけるの。話はそれから」
「どういうことですか?」
「揺さぶるのよ。とにかく私が合図したら会場を出て。あなたと二人きりになるチャンスを狙っている奈津は、必ず後を追うわ」
「じゃあ、その隙に泉さんが赤堀さんの本音を聞き出すってわけですね?」
「そう。ようやく分かってきたみたいね」
「じゃあ、それまで僕は料理でもつまんでます」
「分かってないわね。あなたは外で待ってるの。奈津が来たら連絡するから、そこから作戦開始よ」
「僕、お腹空いてるんですけど」
「だったら外でなんか買ったら」


 幸介は近子に言われるまま、仕方なくホテルを出た。
 外は蒸し暑く、一歩出ただけでムッと熱気が押し寄せた。

「ふ〜、これは参った。とにかく喫茶店にでも入るか」

 幸介はふと天を仰ぐと、明るく輝く月が見えた。
「うわー、綺麗だなあ。本当にうさぎが見えるみたいだ……」
 幸介は思わず見とれ、良く見える場所までふらふらと歩き出した。


 奈津は明日の取材の準備を終え、ようやくタクシーでホテルへ向かった。

(なんだか仕事の延長みたい……)

 奈津は疲れ切った体で窓ガラスにもたれ掛かると、ぼんやり外の景色を眺めた。

 「綺麗な月……」

  *  *  *  *  *  *  *  *

 ホテルの近くまで来ると、奈津は思い立ったように正面玄関から外れた脇道でタクシーを降りた。

 ――気分転換しながら行こう……

 そして静まり返った広場内の道を、ゆっくりホテルへ向けて歩き出した。

 (この先に、どんな未来が待ってるんだろう……)

 喜びと不安を交差させながら、奈津は美しい月を仰いだ。


 幸介はいつの間にかホテルの敷地内にある広場に辿り着き、誰もいないベンチに一人腰掛けた。

 「都心でも、こんなに澄んで見えるんだなあ」
そして大きく息を吸い込むと、ため息のような息を吐いた。

 「騙すなんて、本当にこれで良かったのかな……。奈津さんの前では、嘘なんかつきたくなかった」

 コツン、コツン――
 コンクリートを歩くヒールの音が近づいてきた。

 (夜に女性が一人歩きなんて、大丈夫かなあ)

 すると、足音がピタリと止まった。どうやら幸介の存在に気づいたらしい。

 (あれ? 決して怪しい者ではないですから、遠慮無く通ってください)
 幸介は申し訳なさそうに、小さくなりながら心の中でつぶやいた。

 女性は避けるように急ぎ足で通り過ぎたが、焦ったためか、段差につまずき倒れてしまった。

「痛っ」
「大丈夫ですか!?」

 幸介は慌てて女性に駆け寄り、肩をつかんだ。
 女性はビクッと肩を震わせ、怯えたような目で睨み返した。

 ――あっ!

「幸介さん……?」

 幸介の目の前にいる女性は、沖縄の時とは雰囲気の違う、清楚なスーツ姿の奈津だった。
 唐突な再会に動転した幸介は、夢中でその場から逃げ出した。

「幸介さん待って!」

 奈津はパンストが破れたのも気にせず、必死で幸介の後を追った。が、途中で姿を見失ってしまった。

(どうして幸介さんがここに……?)

 軟派な男と見間違えたのが幸介だった――
 奈津は何があったのか、ただショックで茫然と立ち尽くした。

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