水たまりの中の青空
#22 束の間の再会 幸介は高鳴る胸を押さえ、必死で奈津を追いかけた。 (この先に奈津さんがいる!) やつれて見えた彼女に、何があったのだろう。 段々と奈津の足音が近づいてくる。しかしその足取りは頼りなく、幸介を不安にさせた。 「大丈夫ですか?」 だが奈津は目を合わせようとはしない。 「ほっといて、私なら大丈夫だから」 奈津はふらふらと立ち上がると、おぼつかない足取りでまた歩き出した。 「無理しないでください、僕につかまって」 それでも幸介は奈津から手を離さなかった。と、そのとき、幸介はある匂いに気づいた。 「お酒?」 ふと漏らした幸介の言葉に、奈津はうろたえたように口元を押えた。 「二日酔いなの……昨日、飲みすぎて」 「そうじゃないわ――ただ、幸介さんとはもう、会いたくないの」 激震が幸介を襲った。恐れていた言葉が現実となり、絶望のどん底に突き落とされた。それでも自業自得と割り切りたかったが、実際はうまく行かなかった。 「婚約発表のとき、僕のせいで迷惑をかけたこと、本当に申し訳ありませんでした。でも、僕は奈津さんのこと――」 幸介は目の前が真っ暗になった。 とそのとき 「おーい」という男の声が階段に響いた。 幸介はこのまま奈津を抱きしめ、離さずにいられたら――と何度も思った。だが、それは独り善がりだと自分を責め、すべてを封印する決心をした。 さようなら―― そう口から漏れた瞬間、幸介の体から力が抜けた。そして、作り笑顔を浮かべると、ひとり弱々しい足取りで階段を下り始めた。 奈津は痛いほど幸介の気持ちに気づいていた。 もし彼と普通に出会えてたら―― と頭を過ぎり、奈津は自分の気持ちに戸惑った。 それからだいぶ経ったある日、幸介と環のもとに北海道の両親から手紙が届いた。 「みんなで豪華客船にでも乗って食事しよう、だってさ、どうする?」 環の問いかけに、幸介は顔をしかめた。 「幸介の恋人も一緒に、って書いてあるけど、どういう意味だろうな」 環の冗談に、幸介が呆れ顔で睨んだ。 「まあ、何とかごまかすさ。でなきゃ、戻って来いってうるさいからな」 幸介は突然出てきた名前に、ドキッとした。 「静香さんのことは、もう言うな。兄ちゃん、ふられたんだから」 幸介は環と目を合わさず、はっきり嘘をついた。 「ねえ、駅前に占いの館がオープンしたの知ってる? 今度二人で見てもらいに行こうよ」 女性が好きそうな話題だなあと幸介は思った。それにもれず、妹までが飛びつくとは、なんとも情けなかった。 「興味ないな、占いなんて。それに、占ってもらったらすぐに恋人が出来るのか?」 幸介はもう、何も言い返す気になれなかった。 「馬鹿にしてるんだ。でも試してもみないでケチつけるのはフェアーじゃないよ。それに、悩みごとも聞いてくれるみたいだし、いい解決法が見つかるかもよ」 幸介は納得できなかったが、妹の気休めになればと、仕方なく一緒に行く約束をした。 (東京に出たことは間違いじゃない……か。そう出ればいいな、環) |