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水たまりの中の青空

#23 占いの影

 ハロウィンのお面などがディスプレイされた街の中を、幸介と環が肩を並べて歩いている。
 透き通るような秋の夜である。

「ねえ、占いが終わったらラーメン食べに行こう」
 肌寒い空気に、環が身を縮めながら言った。
 確かに、あったかい物が恋しい季節になった。幸介も行きつけの札幌ラーメン店を思い浮かべ、占いをそっちのけで今すぐ食べに行きたい心境になった。

 占いの館は駅前のスーパーにあり、何となく威厳に欠ける印象だった。だが一歩中へ入ると、そこは別世界だった。占い師の女性はどこか神秘的で、まるで宇宙に迷い込んだかのように、幸介は場の雰囲気にのまれそうになった。

「恋愛……最近ふられたのではありませんか?」
 幸介が入るなり、突然占い師が言い当てた。
 幸介はびっくりして占い師を見たが、単なる偶然だろうと内心笑い飛ばした。が同時に、この人の直感は侮れないのではという緊張が走った。

 占い師は生年月日を聞くと、タロットカードを並べ始めた。
 幸介は初めて見る占いに身構えると、興味深々にカードを見つめた。そして恐ろしい絵が現れると、何となく不安になった。

「誰かを助けるという暗示が出ています。相手の女性は、あなたを必要としているのかも知れません。身近な女性である可能性もありますね」

 幸介は内心動揺した。
 身近な女性――助ける――なにか嫌な予感がした。
 女性との出会いを占ってもらったのに、またしても奈津の顔が浮かんでしまう。幸介はいい加減自分に愛想をつかしていた。
 そして幸介は重苦しい空気を振り払うように、早々と部屋をあとにした。

 外では環がソワソワしながら待ち構えていて、幸介が出てくるなり、どうだった? と質問の嵐を浴びせた。
 占いの結果に悶々としている幸介は、自分で確かめろとボソッと言い、溜息をつきながらベンチに腰掛けた。
 環は兄に何か言ってあげたかったが、好奇心には勝てず、さっさと弾むように占いの館へ入った。

 環はドキドキしながら今後の進路を占ってもらうと、まるで全てを言い当てられたような結果に、驚きの連続だった。

「あなたには夢がありますね。でも、自信が無く、別の道を探そうとしている」
「マジ?」

 占い師はまたカードをめくると、小さく頷いた。

「あなたが進みたい道は間違っていないと思います。今後、その世界で結果を出せるでしょう」

 環は天にも昇る気持ちだった。
 夢――環には東京へ出てきた目的があった。芸術家、といえば大袈裟だが、イラストレーターになりたかったのだ。だが働きながら学校へ通っているうち、周りのレベルの高さに圧倒され、いつしか夢を諦めてしまった。自分の負けを認めるのが嫌で、強がって捨てた夢――

 環は、今までのモヤモヤを吹っ切ったように、意気揚々と部屋を出た。

 すると、対照的に悩める兄の姿があり、環は檄を飛ばすように幸介の肩を叩いた。

「お腹すいてちゃ、いい考えも浮かばないって。それに、兄貴には私という強い味方がついてるんだから、落ち込まないの」

 幸介は環の底抜けな無神経さに呆れながらも、少し気持ちが軽くなった。

 (ひょっとして、身近な女性ってコイツのことか?)

 幸介はそんなことを考えている自分がおかしくなり、思わず吹きだした。

「ちょっと何よ、その馬鹿にしたような笑い。もう、今日は兄貴のおごりね」
「えっ?」

 幸介には、どうやら女難の相が付きまとっているようだった。


 そのころ海岸沿いの公園に、奈津の姿があった。

「奈津、早くあいつらを撒いて二人で飲みに行こうぜ」
 一人で海を見ていた奈津に、スーツ姿の男が話し掛けた。
 あいつらとは、奈津の大学時代の女友達と、その知り合いの男性二人である。この声をかけた男性も、奈津の女友達の遊び仲間だった。

「車じゃない、無理よ」
 奈津が冷めた口調で答えると、男は奈津の体を掴んで自分に振り向かせた。
「だったら俺んちに来いよ。もうお預けなんて通用しないぜ。淋しいんだろ? 俺がなぐさめてやるよ。酒で紛らわすよりずっと忘れさせてやる」
 奈津はぞっとして男を見た。

 奈津はほかの仲間たちと飲みに行った帰りだったが、この男は仕事帰りに呼び出され、車で迎えに来たところだった。この何週間、ずっとアッシーのような生活を送っている。

「誤解しないで、私は――」
 奈津が言いかけた途端、男は奈津の腕を掴み強引に車に引き寄せた。

「やめてよ!」

 奈津の声に驚いた仲間たちが振り向くと、男が奈津を車に押し込んでいるところだった。

「何やってんのよ晋也!」

 奈津の女友達らの静止を振り切り、晋也という男は車を走らせた。みんな酔っていることをいいことに、男は自分の欲求を満たそうと手荒な手段を使ったのだ。そんな自分に動揺しているのか、男は鼻息荒く、小刻みに体が震えていた。

 奈津は堕落した自分を後悔しながら、恐怖と何もかも捨てたい気持ちに駆られた。

 (もう、どうなってもいい――)

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