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水たまりの中の青空

#27 一人っきりの夜

 寝室にわずかに差し込む明かりで、奈津は目を覚ました。二日酔いで這うように起き上がると、朝日の当たるカーテンをだるそうに開けた。
 すると目の前には秋晴れのすがすがしい青空が広がっていて、思わず窓を開けて深呼吸をした。しばらく忘れていた朝の外気は、もう冬の香りだった。

 奈津はまずシャワーを浴びると、セーターとロングスカートに着替え、鏡台の前でメイクを始めた。最近、顔色を隠すために濃い化粧をしていたが、久しぶりにナチュラルなメイクに戻すと、不思議と表情にまで明るさが戻った。
 これはきっと幸介の愛のお陰だと、奈津は穏やかな幸せに感謝した。

 今日は目覚ましよりも一時間以上も早起きしたので、奈津は入院の身支度を終えると、余った時間で編み物を始めた。昔からこれをやると、時間が経つのも忘れのめり込んだ。
 まだアルコールの悪夢が覚めない奈津には、何かやっていないと自分が壊れそうで不安だったのだ。
 そして編みながら、将来を夢見ている時間が何より幸せに感じられた。

「そろそろ行かなくちゃ」

 ボストンバッグに編み物をしまい立ち上がったとき、テーブルにあった携帯が鳴り出した。晋也からだ。
 昨日、置き去りにして帰った事への謝罪のメールを送ったが、彼の収まらない怒りは想像できた。

 彼には申し訳ない気持ちもあったが、裏腹に、いつもカラダだけが目的のような態度に、たまらない嫌悪感があった。幸介を巻き込むことだけは絶対にしたくはないが、罵倒されてでも別れたい気持ちはハッキリと伝えたかった。

 しかし晋也の態度は、予想に反して冷静だった。奈津が友達以上の感情は無いと言っても、もう二度と会わないと告げたときも、何一つ文句を言わなかったのだ。奈津は不気味に感じながらも、分かってくれたと楽観していた。

 だが晋也の沈黙は、奈津への反撃の演出だった。


 日が暮れるのも早くなり、幸介は真っ暗になった街の中を、電車とバスを乗り継ぎ、奈津が入院している病院へと向かった。

 奈津の様子はどうだろか? 会ったらどんな話をしよう――幸介はドキドキしながら、馳せる思いで病院に到着した。

 まだ面会時間内なので、昨日よりも院内は明るく人も多かった。幸介は早速受付で病室を尋ねると、信じられない答えが返ってきた。

「あの、入院してないってどういうことですか?」
「その方なら、今日はお見えになりませんでしたよ」

 幸介は急に不安になり、奈津の様態が気になった。

「すみません、彼女の連絡先を教えてもらえませんか?」
 だが、個人情報に関しては一切教えてもらえなかった。

 昨日、奈津が書いた住所を見なかったことが悔やまれた。彼女の信頼を裏切るようで出来なかったが、逆に無責任だったように思えてきた。

 ほかに奈津の住所を知る手がかりといえば、一人だけ思いつく人物がいる――泉近子だ。
 だが、奈津と赤堀が別れたことを知らない幸介には、彼女と連絡を取ることなど出来なかった。また奈津に迷惑をかけることを心配したのだ。

 結局幸介は、なす術もなく不安を抱えたまま病院をあとにした。


 奈津はベッドに寄りかかり、膝を抱えて座っていた。
 部屋の電気もつけず、もう何時間もこの状態だった。

 (嘘つき――)

 奈津は心の中で、何度もそうつぶやいた。

 晋也から聞かされた話が、立ち直りかけた奈津の心を再び闇に突き落していた。

「あの店で偶然アイツの女に会ったんだ」
「その女、心配そうに探してたよ。幸介さんってね」

 奈津はショックでその場に崩れ落ちた。一緒に居たのは妹ではなく、恋人だった。
 幸介という名を知らない晋也に、あんな作り話ができるはずがない。だとすれば、嘘をついたのは幸介の方だった。

 (優しくしたのは同情だったの?)

 止まらない涙を枕で塞ぐと、奈津は思いっきりその枕を壁に投げつけた。

「みんな大嫌い!」

 深い孤独が、奈津を暗く包んでいた。

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