水たまりの中の青空
#31 苦渋の選択 幸介と会った翌日、奈津をマンションの前で待ち構えている男性がいた。彼は奈津がタクシーから降りると、待機していた車から降り背後から近づいた。 「最近付き合い悪いよな」 突然男に呼び止められ、奈津は恐怖で立ち止まった。が、その言葉に心当たりを感じた奈津は、まさか?という思いで振り返った。やはりそこに居たのは、スーツ姿の晋也だった。 奈津は動揺した声で 「何の用?」と連れない態度を取ったが、晋也は動じずニヤリと笑みを浮かべた。 「自分の女に会いに来るのに、理由なんていらないだろ?」 「あんたは俺を束縛したんだぜ。一度くらい俺の自由にさせてくれてもいいんじゃないか?」 電話ではおとなしく別れ話を聞いていた晋也だったが、本当は諦めていなかったのだ。奈津は困惑気味に顔をしかめた。 「へえ、まだ酒飲んでたんだ。噂じゃ新しい男のために禁酒したって聞いたけど」 奈津は幸介に危害が及ぶことを恐れ、晋也を睨みつけた。 「何だよその目は。一体アイツは何なんだ? あの男に抱かれたか!?」 深夜の住宅街に、晋也と奈津の声が響き渡った。 「目の前の苦痛から逃げるためにあんたは俺を利用したんだ。だから俺もあんたを利用する」 奈津は「嫌だ」とは言えなかった。こじれたのは自分の弱さが原因であり、ちゃんとケジメをつける必要があった。 「分かった……あなたと付き合うわ」 翌日、幸介は仕事を終えると、手土産を持って師範宅に伺った。 師範とその妻は、昨夜泊まった環のお礼に来た幸介を、快く招き入れ夕飯まで振舞った。 本当は静香にも会いたかったが、彼女はまだ帰宅していないとのことだった。今は師範宅で下宿中で、今夜は会社の飲み会で門限を過ぎると連絡があったらしい。 幸介は諦めて帰っていると、一台の停車中の車が目に入った。驚いたことに、助手席に静香が乗っていて、若い男性と楽しげに話している。幸介は見てはいけないものを見た気がして、慌てて電柱に隠れた。 静香は名残惜しそうに車から降りると、彼の車が見えなくなるまで手を振り見送った。 「何やってるんですか!? こんなとこで」 目を丸くしている静香に、幸介は苦笑した。 「先日はご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした。直接、お詫びが言いたくて……」 静香は呆れたように幸介を見た。 からかうつもりが、予想外の答えに静香は困惑した。知らない男から幸介が女性と一緒だったと聞かされたが、単なる男の狂言だと思っていたのに、本当に女性と一緒だったことがショックだった。 「化粧室の前で探してたら、男の人に声をかけられて……」 幸介は自分がついてた嘘に、改めて気づかされた。静香や間に入った環に不快感を与えてしまい、大変申し訳ない気持ちになった。 傷つけたくない、気を使わせたくない――そう思ったのに、みんなに迷惑をかけてしまった。幸介は浅はかな自分を責めた。 「幸介さん、途中で帰った罰として、今度私とデートしてくださいますよね」 「申し訳ありません。僕は不器用な人間ですから、今はほかの女性のことは考えられないんです。だから静香さんと二人で会うのは、これで最後にさせてください」 静香は膨れっ面になり 「やっぱり好きな人がいるんですね、ひどい人」 人を裏切るなんて、もうしたくない――。 |