SS1 胸騒ぎ
「少し日に焼けたんじゃないか?」
男の言葉に、奈津は抵抗するように目を伏せた。
「君は私情を挟むような人間じゃない、そうだろ?」
そう言いながら、男は水着にTシャツ、腰にパレオを巻いた奈津を見つめた。
「色っぽいな、安心したよ」
男は奈津を抱き寄せ、唇を近づけた。
「人が来るわ」
奈津が男を押しのけようとしたとき、森林から誰かが現れた。
幸介だ――。
奈津は慌てて男から離れ、幸介が来た方向へと入れ替わるように走った。
「奈津さん!」
幸介に呼びとめられ、奈津は気まずそうに立ち止まった。
「あの、もしよろしければ、僕とビーチへ行きませんか?」
(じゃあ、また明日)
昨日、幸介に言った言葉だった。だが、今の奈津はそのことを後悔している。
「悪いけど、ほかの人と行って。私は興味無いから」
奈津は険しい表情のまま、その場を立ち去った。
幸介は呆然と立ち尽くした。
ふと振り向くと男と目が合ったので、会釈をしてその場を繕った。幸介はその男に特別気を留めてはいない。それは彼がライバルではなく、編集長の赤堀だったからだ。
奈津は鬱蒼と茂る森を抜けテントまで戻ると、ホスト風の男、梶を探した。
「奈津、アイツならあそこよ」
後ろからガイドの泉近子が声をかけた。
合図した先を見ると、梶がほかの女性をタッチしながら口説いている。奈津は思わず身がすくんだ。
梶は奈津に気づくと、口説いていた女性に何かささやき、ゆっくりと歩いてきた。
「待ってましたよ、行きましょうか」
「無人島とはよく考えたもんだよな。デートとしては絶好のスポットだよ」
梶が岩場へ登り、奈津の手を引き岩場の陰へと誘導した。
「この先に海辺があるわ、そっちに行きましょ」
奈津が逃げるように戻ると、梶が奈津の腕を掴んだ。
「ここまで来て、それは無いだろ」
「え? あっ――」
奈津が足を滑らせ、梶の腕の中へ倒れた。そして、強引に唇を奪われた。
「どういうつもりなの?!」
「なんだよ急に。決まってるじゃないか」
梶が覆い被さろうとしたとき、奈津がとっさに身をかわした。梶はバランスを崩し、岩場へ倒れ落ちた。
奈津は震える足で岩場を駆け下りると、夢中で森林へ逃げ込んだ。―――ふと気づくと、方向感覚を失っていた。
いつしか上空は濃い雲に覆われ、雷も近づいてきた。
(早く戻らないと……)
気は焦るが、帰り道が分からない。
そのとき、木々の隙間から砂浜が見えた。奈津は戻れたと思い飛んでいくと、そこは見知らぬ場所だった。
そして驚いたことに、梶が足を引きずりながら歩いている。奈津はあの時の恐怖が蘇り、近くの洞窟へ隠れた。
(どうしてこんなことに……)
奈津は孤独だった。
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