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水たまりの中の青空

SS1 胸騒ぎ(つづき)

 まるで夜のような暗さだった。奈津は梶の影に怯えながら、ひとり洞窟の中でうずくまっていた。
(誰か助けて……)

 そのとき、何かドサッと落ちる音がした。

「あ、奈津さん!」
 突然目の前に幸介が現れ、緊迫した表情で駆け寄ってきた。
 奈津はとっさに立ち上がり、震えながら後ずさりした。
「大丈夫ですか?」
 それは優しい懐かしい声だった―――奈津は体から緊張感が解き放たれ、思わず涙がこぼれた。だが、それを悟られぬよう頷き俯いた。

 幸介は安心すると、外に出て誰かと交信を始めた。奈津には相手の声までは聞こえなかったが、ほかにも探しに来てくれた人がいたことに、感謝と申し訳ない気持ちになった。

 そのとき、時を見計らったように大粒の雨が降り出した。


 奈津と幸介は、突然の雨で完全に孤立した。
二人の間に会話は無かったが、奈津は幸介の背中を見つめながら、守られている温かさでいっぱいになった。

「ありがとう……」
 彼に向けた言葉は、涙で少しくもっていた。
そして彼の心配を察し、あえて嘘をついた。あの男とは、何も無かったと――。


 夜になり、ふたりは肌と肌を触れ合わせ、いつやむか分からない雨音を聞いていた。

 奈津は今の状況に戸惑っていた。自分から体を寄せたのは、純粋に寒さをしのぐためなのか、それとも、彼を試そうとしているのか……。


 他愛無い会話をしながら、奈津の心は次第に癒されていった。そして安らかな気持ちで外を眺めていると、突然雷鳴とともに空が明るくなった。

 ―――見られている。

 奈津は幸介の視線を感じ、背筋が凍った。

 彼の指先が髪を撫ではじめる―――
(私が彼を嵌めたの……?)

 奈津の心は押しつぶされそうになった。彼だけは巻き込みたくなかった。思わず息苦しくなり、吐くような息が漏れた。
 すると彼は、手を止めた。

「ごめんなさい……」
 奈津はつぶやくように言った。

 彼に詫びるような目を向けながら、奈津は言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。

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