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水たまりの中の青空
Xmas version
#SS2 クリスマスの夜に 今夜はクリスマスイブ―― 幸介の住む小さな駅前にもジングルベルが流れ、街のイルミネーションも心をワクワクさせた。 でもそんな中、幸介の気持ちは沈んでいた。 奈津と病院で別れてから半月、あのとき感じた絆は幻だったのかと……考えるだけで心が挫けそうになった。 奈津さん、今頃どこで何をしているんですか? それとも、ほかの男と―― 幸介は妄想を振り払うように頭を激しく振った。 そして賑わう商店街の中、なぜか喫茶店「ミリオン」に向って歩いていた。 幸介と環は、毎年自宅のリビングを飾り立ててクリスマスパーティーをしていた。 二人で買い物をし、チキン、ケーキ、オードブルセット、宅配ピザなど、今宵は特別と、二人で贅沢に盛り上がった。 そして夜中には二人でお菓子を食べながら、借りてきたビデオを鑑賞するカウチ・ポテトが恒例で、お互いどんな映画を選んだのかも楽しみの一つだった。 だからどうしてミリオンに行こうとしているのか、幸介は自分でも不思議だった。でも微かな意識の中で、マスターに呼ばれたのだろうと感じていた。 「こんばんは」 「兄貴、早かったね。もうすぐ飾り付けが終わるからカウンターで待ってて」 まさか――!! 「幸介さん、どう?」 それは間違いなく奈津だった。それも、明るく元気そうに笑っている。幸介の目から、自然と涙が溢れてきた。 「ごめんなさい、心配かけて……。でも、もう二度と消えたりしないから……私を離さないでね」 突然奈津に抱きしめられ、幸介の体が震えた。 ――どうなってるんだ? 幸介は信じられない不思議な気分だったが、それでも奈津に触れられた喜びで、胸がいっぱいになった。 「奈津さんとクリスマスを過ごせるなんて、まるで夢のようです。あの、ほっぺをつねってもらえますか?」 「ばか!」 どうして!? また消えちゃうなんて―― 幸介は焦って辺りを探したが、どうしても奈津の姿を見つけ出せなかった。 「ねえ兄貴、大丈夫? 兄貴ったら、ねえ」 何度も環に呼び止められ、幸介の意識が朦朧となった。 * * * * * * * * そして幸介が意識を戻したのは、自分の部屋のベッドの上だった。 「ここは……」 環が呆れたように言うので、幸介はやっと気が付いた。映画を観ながら、いつの間にか眠ってしまったのだ。 「夢なのか……」 幸介の目が真っ赤に腫れている。 それを見た環は、絶句した。 ――テレビから楽しそうな寅さん一家の声が響いている。 「ねえ、もう一度最初っから見ていい? 今年は兄貴の勝ちだね、やっぱクリスマスにはホームドラマだよ」 環はごく普通の調子で、ポテトチップスをかじりながらビデオを巻き戻した。 (まるで寅さんとさくらみたいだな、俺たち……) 幸介は妹を見ながら、何となく切なかった。 |
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