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水たまりの中の青空

Xmas version

#SS2 クリスマスの夜に

 今夜はクリスマスイブ――

 幸介の住む小さな駅前にもジングルベルが流れ、街のイルミネーションも心をワクワクさせた。

 でもそんな中、幸介の気持ちは沈んでいた。

 奈津と病院で別れてから半月、あのとき感じた絆は幻だったのかと……考えるだけで心が挫けそうになった。

 奈津さん、今頃どこで何をしているんですか? 
 ちゃんと元気に暮らしてますか?

 それとも、ほかの男と――

 幸介は妄想を振り払うように頭を激しく振った。

 そして賑わう商店街の中、なぜか喫茶店「ミリオン」に向って歩いていた。


 幸介と環は、毎年自宅のリビングを飾り立ててクリスマスパーティーをしていた。

 二人で買い物をし、チキン、ケーキ、オードブルセット、宅配ピザなど、今宵は特別と、二人で贅沢に盛り上がった。

 そして夜中には二人でお菓子を食べながら、借りてきたビデオを鑑賞するカウチ・ポテトが恒例で、お互いどんな映画を選んだのかも楽しみの一つだった。

 だからどうしてミリオンに行こうとしているのか、幸介は自分でも不思議だった。でも微かな意識の中で、マスターに呼ばれたのだろうと感じていた。


「こんばんは」
 幸介がミリオンに入ると、店内はクリスマス一色に飾られていた。でも客はいない、環ともう一人後ろ姿の女性が、折り紙で作った飾りを壁沿いに装飾している。

「兄貴、早かったね。もうすぐ飾り付けが終わるからカウンターで待ってて」
 環が忙しそうに振り返って言った。
 幸介は「ああ」と拍子抜けしたように返事をし、カウンター席に着いた。
「マスター、新しいバイトの人が入ったんですか?」
 マスターは一瞬疑問げに幸介を見ると、意味深な笑みを浮かべた。
「またまた、幸介くんも隅に置けませんね。あんな綺麗な彼女がいたなんて」
「へ?」
 今度は幸介がキョトンとし、もう一度女性の方を振り返った。

 まさか――!!

「幸介さん、どう?」

 それは間違いなく奈津だった。それも、明るく元気そうに笑っている。幸介の目から、自然と涙が溢れてきた。

「ごめんなさい、心配かけて……。でも、もう二度と消えたりしないから……私を離さないでね」

 突然奈津に抱きしめられ、幸介の体が震えた。

 ――どうなってるんだ?

 幸介は信じられない不思議な気分だったが、それでも奈津に触れられた喜びで、胸がいっぱいになった。

「奈津さんとクリスマスを過ごせるなんて、まるで夢のようです。あの、ほっぺをつねってもらえますか?」
「いいよー」
 横から環が割り込んできて、幸介の頬を思いっきり抓った。
「イッテー!」
 幸介が飛び跳ねた。

「ばか!」
「なに?」
 環が睨むと、せっかくのムードを壊された幸介も睨み返した。そして邪魔だとばかりに環を跳ね除けると、そこにはもう奈津の姿は無かった。

 どうして!? また消えちゃうなんて――

 幸介は焦って辺りを探したが、どうしても奈津の姿を見つけ出せなかった。

「ねえ兄貴、大丈夫? 兄貴ったら、ねえ」

 何度も環に呼び止められ、幸介の意識が朦朧となった。

*  *  *  *  *  *  *  *

 そして幸介が意識を戻したのは、自分の部屋のベッドの上だった。
 その横で、心配そうに環が覗き込んでいる。

「ここは……」
「やっぱ寝ぼけてる」

 環が呆れたように言うので、幸介はやっと気が付いた。映画を観ながら、いつの間にか眠ってしまったのだ。

「夢なのか……」

 幸介の目が真っ赤に腫れている。

 それを見た環は、絶句した。

 ――テレビから楽しそうな寅さん一家の声が響いている。

「ねえ、もう一度最初っから見ていい? 今年は兄貴の勝ちだね、やっぱクリスマスにはホームドラマだよ」

 環はごく普通の調子で、ポテトチップスをかじりながらビデオを巻き戻した。

 (まるで寅さんとさくらみたいだな、俺たち……)

 幸介は妹を見ながら、何となく切なかった。

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