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水たまりの中の青空

#5 無人島の雨

 「無人島ですか?」
 「私の記憶が確かなら、かつては有人島だった島のはずです」

 早朝から本島を渡り、島から島へと移動する船の中、船酔いを起こした林田は幸介に介抱されながら、サプライズ企画の目的地について話していた。

 そして林田の予想通り、到着したのは誰もいない無人島だった。


 「みなさん、テントを張ったら飯盒炊飯でカレーを作りましょう」
 ガイドの女が材料の入ったダンボールを運んでくると、サプライズだけあって、参加者は悲鳴という名の歓声を上げた。全員、もうくたくただった。

 そこに起爆剤ともいえる新たなメンバーが加わった。編集長の赤堀という男だ。40代前半の男前で、独身だった。女性陣は俄然やる気を起こし、男性陣も負けじと奮闘した。そして出来あがったカレーは、なんとも辛かった。


 昼食を終え一休みすると、それぞれ海や探索へと散らばった。

 北海道育ちの幸介は、心待ちにしていた沖縄の海で日が暮れるまで泳いだ。
 いや、日が暮れたのではない、雲行きが怪しくなってきたのだ。天候はどんどん悪化し、雷が鳴りはじめた。

 幸介たちビーチにいたメンバーが慌ててテントへ戻ると、ほかの参加者たちも続々手を取り合って戻ってきた。

 「これで全員か?」
 編集長の赤堀がガイドの女に尋ねると、ガイドは人数を確かめ 「二人足りません」 と答えた。

 「野中さんと梶くんだ」 誰かが言った。
 幸介はハッと見渡すと、確かに奈津とあのホスト風の男がいない。

 幸介は奈津と一緒に海へ行くことを楽しみにしていたが、今日の彼女はまるで昨日とは別人で、幸介の誘いを冷たくあしらった。そのときのショックが、また幸介の胸を痛めた。

 「泉くん、みんなを頼む」 赤堀はガイドにそう言うと、森の奥へと消えていった。
 幸介も居ても立っても居られず 「僕も行きます」 と後を追った。


 あたりは暗くなり、稲光が時折空を照らした。

 幸介は赤堀の叫ぶ声を遠くに聞きながら、岩場を這うように登っていった。どうやらこの先に別の砂浜があるらしい。
 そして岩場をくだり飛び降りると 「キャッ」 という女性の声がした。

 幸介が慌てて振り返ると、岩場の下の空洞に、奈津が震えるように隠れていた。
「奈津さん!?」
 幸介が急いで駆け寄ると、彼女は一瞬体をひるませた。
「大丈夫ですか?」
 奈津は黙って頷いた。

 幸介はまた岩場へ戻り 「野中さんを見つけました!」 と叫び、今度は赤堀から梶を見つけたという返事が返ってきた。

 とそのとき、稲妻と共に大粒の雨が落ちてきた。

 幸介はすぐに洞窟へもぐり、奈津から少し離れた入り口近くに腰を屈めた。
 すると彼女から、押し殺すような嗚咽がもれ始めた。
 幸介は胸が締め付けられ、黙ってその声を背中で聞いた。


 「ごめんなさい……」
 幸介が驚いて振り向くと、彼女は泣きはらした顔で座っていた。
 「でも、安心して……何も無かったから」
 幸介はその言葉に、胸をなでおろした。

 「寒くないですか?」
幸介は小さくなっている奈津に聞いた。
 奈津は水着にTシャツと腰にはパレオを巻き、幸介は丈の長い海パンとTシャツ姿だった。
 「私より、幸介さんの方が寒いんじゃない?」
奈津はそう言うと、ためらいがちに幸介に体を寄せた。お互いの鼓動が伝わるほど、二人は近かった。
 「これで寒くないわ」

 幸介は必死で動揺を隠しながら、雨空を見上げた。

(このまま、夜が来るのだろうか……?)

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