#6 闇の誘惑
テント脇にはビーチパラソルが立てられ、捻挫したという梶を応急手当てしながら、編集長の赤堀、ガイドの泉、林田の三人が奈津と幸介の戻りを待っていた。
「田中くんが一緒なら大丈夫でしょう。この島には洞窟や廃屋もありますから、きっとどこかに非難しているはずです。さあ、我々もそろそろ休みましょう」
林田は主催者の二人を気遣い、早く寝るよう促した。
「そうだな。泉くんも先に寝てくれ」
「そんなに彼女が心配ですか」
泉近子が吐き捨てるように言った。
林田は何か良からぬものを感じ、赤堀と泉を睨んだ。
「でも、今度はどうなるか分かりませんよ」
泉は一瞬梶に目をやり、冷ややかな笑みを浮かべテントへと引き上げた。
「今のは、どういう意味ですかな?」
林田が険しい表情で赤堀を見た。
「あなたには関係無いことです」
赤堀は淡々と答えた。
すでに洞窟は闇に包まれ、稲光だけが唯一の明かりだった。
「お腹が空きましたね」
幸介が沈黙を破るように言った。
「ほんと。緊張してて気づかなかったけど……」
隣で奈津がつぶやいた。
「ねえ、幸介さんはどうしてこのツアーに参加したの?」
「えっ?」
奈津からの不意な質問だった。だが、幸介はすぐに答えられない。
(あなたに惹かれたから―――)
とは、面と向かっては言えなかった。
「ごめんなさい、余計なこと聞いたわね」
奈津は後悔したように俯いた。
「いいえ。実は、お見合いツアーだとは知らなかったんです、妹が内緒で企てたから」
「そうだったの……。ねえ、妹さんてどんな人?」
「お節介で、生意気で……。でも、心根はとても優しい奴なんです」
奈津は納得したような笑みを浮かべた。
「ところで、奈津さんのご兄弟は?」
「私は三人姉妹の真ん中」
「いいですね、華やかそうで」
「そうでもないわ。うちの父はとても厳格だったから、大学を卒業するまでお化粧も許してもらえなかったのよ」
男好きしそうな反面、彼女の背景にはそんな派手さとは無縁の素顔があった。彼女をいとおしいと思った。
「でも不思議ね、昨日まで知らない人と、こうして夜の雨を眺めてるなんて……」
そのとき、稲光が無防備な彼女を照らし出した。
目の前に飛び込んできたのは、女としての奈津だった。
幸介は思わず息を呑んだ。
―――誰にも渡したくない。
奈津から目が離せなくなり、押さえていた感情が堰を切ったように溢れだした。
幸介の手が、外を見つめる奈津の髪に触れた。小刻みに震えているのは、指先だけではない。彼女の体も震えていた。
衝動に突き動かされるように、幸介はゆっくりと手を滑らせた。唇の横を通り、肩に触れた。
と、そのとき 「っ…」 言葉にならない彼女の声が漏れた。
幸介は手を止めた。
「ごめんなさい……」
それは、彼女の言葉だった。
幸介はとっさに手を離し、固く目をつぶり膝を抱えた。
「いいえ、悪いのは僕です。ごめんなさい」
そのとき、脳裏にあのときの彼女の笑顔が浮かんできた。
「じゃあ、また明日」
涙が溢れてきた―――あの笑顔を、僕は曇らせてしまった。
(もう、明日なんていらない)
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