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水たまりの中の青空

#8 余韻

 環は昼間、近所の喫茶店でバイトをしている。

 「いらっしゃいませ。――アメリカン2つですね、かしこまりました。マスター、アメリカン・ツー」
「OK。じゃあ環ちゃん、出前のほう頼むよ」
「ハイ。市井デザインさんですね――行ってきまーす」

 環が店を出ると、向かいから大きな荷物を抱えた男性が歩いてきた。
「兄貴……? ねえ、兄貴じゃない」
「おお、環か。お前、手あいてるか?」
「いま出前の途中」
「そっか、じゃあ頑張って来い」
 幸介は止まろうともせず、足早に通りすぎた。
「ちょっと待ってよ、どうしたのその荷物」
「お前が何も言わないから、向こうでスーツは買うわ、水着や靴まで買うわで、ほんとえらい目に合ったぞ」
「ごめん。でも、どうだった? お見合いのほうは」
 幸介はようやく足を止め、環と向き合った。
「人の世話を焼く暇があったら、自分の幸せ考えろ。兄ちゃんなら心配いらないから」
 幸介は持ってた荷物で環を突つくと、また一目散に歩き出した。
「兄貴こそ、自分の幸せ考えなよ……。――ねえ、兄貴ぃ、お土産は?」
「さぁ〜ね」
「ちょっと! 私だって旅費出したのにぃ!」


 幸介は部屋に戻ると、倒れこむように大の字に転がった。
「ハァ〜、終わったんだな……」
ふと、奈津とホテルで分かれた時のことを思い出した。

「東京へは戻らないんですか?」
「ええ。もう少し沖縄を見て回りたいから」
「そうですか……。じゃあ、ここでお別れですね」
 ――奈津が頷いた。
「まるで竜宮城へ来たみたいだな。毎日が夢のようで……本当にありがとうございました」
「私の方こそ……ありがとう」
「じゃあ、お元気で」
「幸介さんも体に気をつけてね」
「さようなら」
「さようなら」

 短い会話だったが、幸介はこれで良かったのだと、しみじみと振り返った。

 そしておもむろに起きあがると、紙袋からサーターアンダギーを取り出し、一個かぶりついた。
「うまいな、コレ。あー、オレももっと沖縄を満喫すれば良かった。――そう言えば沖縄特集を組むって言ってけど、いつ発売なんだろう?」


 夜、合気道教室の講師を終え、環が帰ってきた。

 「ただいまー! 兄貴いる?」
「台所だよ。今日はゴーヤチャンプルを作ったんだ」
 環は弾むようにダイニングへ飛んだ。
「ねえ、それって沖縄の料理でしょ? 」
「ああ。お前にも旅のお裾分け」
「やったね。――ってことは、マジでお土産無いの?」
「まあ、言いたいことは山ほどあるけど、はい――楽しい休日をありがとう」
 幸介はラッピングされた袋を手渡した。
「なによ、もったいぶっちゃて」
 環は照れくさそうに受け取ると、カワイイ包みを見て感激した。
「ファンシーショップで買ったの?」
「よく分からないけど、カワイイ店だったよ」
「信じられない」
 環はワクワクしながら中身を開けた。
「わ〜、香水にネックレス」
「沖縄限定だぞ」
「へ〜え。うん、いい匂い。ほんと沖縄って感じ」
「だろ?」
「こっちのペンダントも素敵。これ貝?」
「そう、綺麗な色だろ」
「うん、ピンクなんて照れるけど、サンキュー、兄貴」
「どういたしまして」

 幸介はくすぐったい気分になった。それは珍しく環が感激してくれたのと、奈津が一緒に選んでくれた思い出の詰まったお土産だったからだ。

 (ほんと、兄貴って分かりやすいよね〜)
ニヤけてる兄を横目で見ながら、環はお土産を選んでくれた女性のことを想像していた。


 「奈津、こっちへ来て少し休めよ」
 「うん……」
デスクで原稿を書いていた奈津が、シャワーを浴びてきた赤堀をチラっと見た。
「社に戻らなくて良かったの? きっと近子が勘ぐって」
「こんなときに仕事の話しはよせよ」
「……うん」
 そう言うと、奈津は赤堀の腰掛けたベッドの横に並んだ。
「やっと二人きりになれたな」
「何だか随分久しぶりのような気がする」
「……愛してるよ」
 ――奈津が頷くと、二人は熱いキスを交わした。

「許してくれるか? 今度のこと」
「もう、今のキスで忘れたわ……」
「そうか――。ところで奈津、結婚しないか」
「え?」
 突然のプロポーズに奈津は目を見開いた。
「結婚には興味無かったんじゃ?」
「刺激されたかな、今度のお見合いで」
 赤堀が軽く笑った。
「一時の気の迷いなら後悔するわよ」
「後悔したくないから決めたんだ」
「明彦……」
「今度のパーティーで婚約発表するつもりだ。いいだろ?」
 ――奈津が笑顔で頷いた。
 そして赤堀の胸に抱かれ、そっと涙を拭った。

 「ありがとう……何だか夢見たい……」

 

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