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水たまりの中の青空

#11 婚約指輪

 昼休みを抜け出し、海岸線をドライブしていた赤堀と奈津は、海が見える公園まで来て車を止めた。

「ここは……」
「はじめて君とデートした場所だ、覚えてるか?」
「ええ、もちろん」

 二人は車から降りると、東京湾が見渡せる場所までゆっくりと歩いた。

「あの日も、こうして風が気持ち良かったわ。あなたがバルセロナで見た夕日の話をしてくれて、いつかあの海や街を小説に書きたいって言ってたの……覚えてる?」
「さあ、どうだったかな」
 ――奈津は少しがっかりした目で赤堀を見た。
「それより、君との出会いの方が強烈だったよ」
 赤堀が悪戯っぽく言うと、奈津は恥ずかしそうに丘の柵にもたれ掛かった。

「ミニのタイトスカートに派手なメイクをして、私あなたの大ファンなんですって、本を10冊も積み上げた。随分大胆な子だなって驚いたよ」
 赤堀が笑うと、奈津が照れくさそうに振り返った。
「あなたのサイン会があるって聞いて、大学を休んで駆けつけたの。初めてのお化粧に慣れないヒールまで履いて、とにかくあなたの気を引こうと必死だったわ」
「けど、どこかぎこちなくて、意外とウブな奴だなって……。思わず興味を引かれて、携帯の番号を教えてた」
「私は有頂天で、どうやって家まで帰ったのか覚えてないの。ただ、あの本だけはギュッと握り締めてて、家に着いたら表紙がシワシワだった」
 二人は昨日のことのように楽しげに語った。

「もう、あれから五年か」
「そうね。あの頃のあなたは夢のある本を作りたいって希望に満ち溢れてたわ。私もその夢を叶えたくて、あなたが立ち上げた雑誌社に就職した。今でもその願いは変わってないけど」
「忘れたのか? その話になるといつも険悪なムードになることを」
「私たちは仕事でもパートナーなんだもの、仕方ないわ」
「けど、今はやめろよ」

 そう言うと、赤堀が奈津の手を引き寄せ、甲にキスした。

「――なに?」

 奈津が戸惑いながら尋ねると、薬指にそっとダイヤモンドの指輪が嵌められた。

「婚約指輪……!?」
「ああ。これからも、俺を信じてついて来てくれ」

 奈津は赤堀が本気だったことを知り、涙を滲ませながら頷いた。

 (どうしてだろう……裏切られても……あなたが好き)


 幸介は僅かな望みを託しながら、明日のパーティーに向け、いつもの床屋を中止して美容室で散髪を済ませた。

 (驚くかな、奈津さん。これでタキシード着たら、ちょっとしたハリウッドスターだよな)

 幸介が次から次へとショー・ウインドーに自分の姿を映していると、喫茶店でサンドイッチを運んでいた環が、偶然それを見かけた。

 (ひえッ、どうしたのよ兄貴その頭!?)

 環は茫然としながら、兄が通りすぎていくのを見送った。 

 ――なぜか幸介の頭は、茶髪だった。

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